国会議事堂の8階にはダンスホール?亡霊に呪われた開かずの間

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皆様、国会議事堂は何階建てだかご存知ですか?

あのギリシャのパルテノン神殿を髣髴とさせる荘厳な外観から階数なんて考えたこともない方もいらっしゃるかと存じます。

結論から申し上げますと、9階建ての建築物となっております。

しかし、8階から上については通常立ち入り禁止になっているそうです。

なんでも、

8階は戦前ダンスホールであり

さらに

亡霊に呪われている

ことによって、ほぼ開かずの間と化しているとか。

今回はこの都市伝説についてご紹介いたします。

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国会議事堂 中央部

国会議事堂とお聞きになって皆様の頭に浮かぶのはおそらくこの部分。

この部分は「中央広間」とその上の「中央塔」に区別されます。

国会議事堂 中央広間 1F~6F

衆議院特別参観などで国会議事堂に正面から入るとまず通るのがこの中央広間と呼ばれる豪華な大広間。

天井は6階部分まで吹き抜けになっており、天井までの高さは約33メートル。参議院ホームページによると、これは法隆寺の五重塔がちょうど入る高さであるそうです。

ちなみに5階から6階部分は吹き抜けのためのものであり、床は実質存在しません。

国会議事堂 中央塔 7F~9F

中央広間より上の部分は区別して「中央塔」と呼ばれています。

中央広間の天井の裏には7階が。そこにはただ階段があるだけです。

その階段を上るとついに8階へ。だだっ広い空間の真ん中に螺旋階段。

ここが曰くつきの場所ですと言われて通されたら、たしかにそうかもと思ってしまうくらい奇妙な光景です。

そして螺旋階段を上ると9階の展望室へ。さきっちょの部分です。写真はございませんが、見た目どおりとても小さな空間に窓がちらほら。ここは以前、周りに高い建物が無かった頃、明かりを灯して目印になっていたみたいです。

8階の呪い?

さて先ほどご紹介した国会議事堂の8階。先ほど通常は立ち入り禁止と記載いたしましたが、議員の先生ですら立ち入ることが許されていないのです。

そこからとある都市伝説が噂されています。

8階のダンスホールでの事件

時は第二次世界大戦前。

8階の大広間は事務職員や議員達のダンス練習場に使われていました。

ある時、ダンスの練習で知り合った男に失恋した女性が、8階のホールから飛び降りて亡くなってしまうという悲しい事件が発生し、事件後、そのホールのあたりから、女性のしくしくと泣く声が聞こえるようになったのです。

場所が場所だけに、国会としてはその泣き声がもとで悪い噂を広まるのを恐れ、以後8階のホールは固く封印されてしまいました。

1968年に霞が関ビルが竣工し、それまで月1回飛行機の航路標識の赤ランプの点検に、衛視が塔に登っていたのも中止になってからは完全に開かずの間になってしまいました。

国会議事堂の竣工から考えて

現在の国会議事堂の竣工は1936年。

曰くつきの事件があったと言われている時代は「第二次世界大戦前」。第二次世界大戦の勃発は1939年です。

したがって、この都市伝説が本当であるなら、3年の間に起こった事件であると考えられます。

現実的な考えとしては?

亡霊のすすり泣きが聞こえるからといって、国民の血税を注いで建築した国会議事堂の1フロアまるまるを開かずの間にしてしまうとは考えづらいです。

ダンスの練習場として使われていた8階をなぜ今は使っていないのかを考えてみると…

これは恐らくアメリカのGHQが民主主義の考えを政府に植え付けるためであったのではないかと考えられます。

ダンスは今でこそ様々な人に触れやすい文化活動となっておりますが、当時の日本においては伯爵など、貴族の文化。貴族は国民からお金を搾取する存在です。

そのようなダンスを国民の血税を注いで建築した国会議事堂で行うことは、民主主義・国民主権を植えつけようとしていたGHQにとって目を瞑るわけにはいかなかったのです。

まとめ

でも今も8階の一般開放がほとんどされていないということは…

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ボーン

最期までお読みくださいましてありがとうございました。

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