本エントリーは怖い話を扱っております。ご注意ください。
皆様は夢で出会った人を覚えていますか。
覚えているのは知り合いや芸能人であることが多いかもしれません。さらに申し上げるならほとんどの場合、夢で誰に出会ったかなんて覚えていないでしょう。
そんな中、2,000人以上もの別々の人の「夢の中に出てきた人物」がいるのです。その人物については身元がわかっておらず、情報という情報といえば顔のモンタージュだけ。
彼は
THIS MAN(ディスマン)
と名づけられ、あまりの不気味さに脈々と噂が語り継がれております。
このTHIS MANに関する伝説は沢山ございますが、今回はその中から彼から実害を被った人物の物語をご紹介したく存じます。
目次
Have You Seen This Man?
以下は海外の都市伝説を翻訳したものです。
忘れられない闇
私は犬派ではありません。
以前は違いました。実際のところ、昔は犬が大好きだったのです。子供のころの将来の夢は獣医だったほどでした。いまとなっては、そんな職業につきたいとも思いません。
私は極度の心配性です。覚えている限り、私は常に自分の妄想に苦しんでいました。
私の親に私の幼少時代について聞いたら、おそらく別のことを答えるでしょう。私は物静かで、大人しく、優等生タイプだったと…。
実は私自身、幼少時代をそこまで詳しく覚えているというわけではないのですが、ある特定の光景だけは忘れることができないのです。「何か(いや、誰か?)」が私の人生に影を落としたのです。
動物大好きっ子
先述のように私は犬派ではありません。その原因についてお話しましょう。
「獣医になりたい」その夢を両親も応援してくれていました。私の夢をサポートをしてくれた両親には感謝しています。獣医学の本や動物のビデオを買い与えたり、動物園に連れて行ったりしてくれました。
彼らは私がなりたい大人になれるように精一杯を尽くしてくれたのです。彼らも誇りに思えるような大人になれるように…。
私の誕生日は11月。今年で12歳になるという年でした。
それまで誕生日にはペットを買ってくれることを頼んでいましたが、毎年のように玉砕していました。「生きている動物を飼うにはまだ若い」と一蹴されるのがオチだったのです。
しかしもう12歳。いままで貰った本は全部読破してしまっておりましたし、もう準備できていると思いました。そこで今年はペットが欲しいと両親にもう一度頼んでみたのです。
彼らの反応が例年と異なりました。父はただ一言
「きっとな」
と。
これを聞いて、もうその年の誕生日プレゼントは決まったようなものだと思いました。
最高の誕生日プレゼント
誕生日の朝、起きたら小さな子犬が私の顔を舐めていましたが驚きませんでした。むしろ嬉しくて興奮しました。部屋のドアでは両親が暖かい眼差しをこちらに向けて微笑んでいました。彼らは私の誕生日を祝い、犬の世話をしっかりするように言いつけました。
両親はドッグフードやそのお皿、リールもくれました。その瞬間は私の人生で一番幸せでした。その犬は私の親友だったのです。
犬と過ごした時間はそれはもう素晴らしいものでした。私は一人っ子でした。さらに学校へは行かず、家庭教師に勉強を教わっていたのです。同世代の子供と話すことは一切ありませんでした。しかし、それは私にとっては問題ありませんでした。
「テオ」と名づけた犬が僕の相棒として一緒にいてくれたからです。私たちは本当の人間の友達のように仲良くしました。一緒に散歩に行ったり、一緒に遊んだり、お風呂に入ったり、食事を食べたり…。
両親が私にしてくれたように、テオには精一杯の愛情を持って育てようと思ったのです。当然両親もこれには感動していました。
でも両親の私への意見はすぐに変わりました。
1994年1月1日
1994年1月1日、元旦。新しい年の始まり。そして私にとっての始まりでもありました。
私はだいたい午前10:00くらいに起床しました。これは当時の私にとっては少し遅めで、前日、初めて深夜まで起きていたからだと思います。絶対これがまずかった。
キッチンでおいしい朝食を作ってくれている母に挨拶しました。母は料理の達人なものでして。
ともかく、私は朝食を摂るべく食卓に座りました。するとタオがテーブルの下、私の足元に寄ってきました。私はベーコンをあげました。彼は喜んでくれました。
郵便チェック
私は朝食を早々と平らげました。私の日課に郵便の確認がございます。その日も郵便トラックの音を聞いて、私は椅子から立ち上がりました。
私は昨夜の夜更かしで疲れていました。よろよろと玄関の方へ向かい、玄関のドアを開けました。するとテオがすぐに外に飛び出していったのです。
昔見た動物ドキュメンタリーに出ていた「イワン・パブロフ」という人が彼の犬について語っていました。犬は特定の音に対して習慣的な反応を示すようになることがあるそうです。芸なんかもその一種です。
疲れていた私は突然の出来事に反応できませんでした。テオがいままでたった一人で家を飛び出してしまうことなんてなかったのです。ともかく混乱はそこそこに、私はテオを追いかけることにしました。
門に立つ男
コート掛けから上着を掴んで外に出ました。前庭に足を踏み入れ、凍りつきました。テオは遠くに言っておりませんでした。前庭にいたのです。
門は男によって塞がれていました。
私が「彼」を見たのはこれが初めてでした。
混乱する私
男はまっすぐ私を見ました。一切のまばたきもせずに。私は何をすべきか、どう感じたらいいのかわかりませんでした。
最初は感謝さえ感じていました。テオが外に飛び出してしまうのを防いでくれていたわけですから。彼は何も言葉を発しませんでした。テオは彼を見上げて、尻尾を振り、息を弾ませていました。
彼に何か言わなきゃ、感謝したい。彼が私をじっと見ているのも、私からの言葉を期待しているからのように見えました。しかし、私は感謝の意を表することはできませんでした。
男の凶行
彼は目線はそのままにひざまずいて、テオの首根っこを掴んで持ち上げました。テオは苦悶の声で鳴きました。私はテオを離すように言いたかったのですが、今度も声がでませんでした。何て言ったらいいのか、完全に混乱していたのです。動くことも、まともに考えることもできませんでした。
男はポケットに手をつっこみ、ナイフを取り出しました。そしてテオの喉を一気に掻っ切ったのです。血液が地面に積もった雪に流れ落ちました。彼は数秒間犬を掴んだままで、その下にはテオの血液で水溜りができていました。
男の視線はもはや私にはありませんでした。彼は地面にナイフを捨て、その場を後に歩いていたのです。彼が完全に見えなくなるまで、私は動くことが出来ませんでした。
悲しいけど
私はテオの亡骸の元に向かい、立って見下ろしていました。泣きたかったのですが、涙は一滴も出ませんでした。
すると母が家から出てきました。郵便を受け取るのにしては時間がかかりすぎているとでも思ったのでしょう。母は悲鳴をあげましたが、当然のことです。無残なタオの亡骸に地面のナイフ、そしてそこにいる私。
推理にはそんなに知識は要しません。状況証拠からすれば私が犯人ですから。
思い出せない
それから数ヶ月、両親は私を精神科医に診させました。
なぜタオをコロしたのかと聞かれたとき、私は犯人は私ではない旨を説明しようとしました。その男について教えようと精一杯頑張ったのです。でも信じてくれていないようでした。
「わかったよ」
カウンセラーが甘ったるい口調で言いました。
「その男がどんな見た目だったか教えてくれるかい?」
それを言われて私は初めて気がつきました。彼を説明できない。彼の顔を覚えていなかったわけではないのです。それはなんというか… 彼は一般的だったのです。世界中の人々の顔を描いてみてようやくこれ!というものがあるような感じというか。
顔自体はとても忘れられるような顔ではないのです。5分間の対峙。私は両目でしっかり、愛犬を葬った男の顔を見て、それを覚えていると思うのです。見た目はわかっていても、言葉で彼の見た目を表現することができなかったのです。
私はカウンセラーの質問には答えられず、椅子の上で萎縮してしまいました。
以後も現われる
いままでの人生で「この男」は度々姿を現しています。将来的により詳細に説明できるようになるかもしれませんが、私が今言うことができるのは、彼は間違いなく存在するということです。
私は狂っているように感じるかもしれませんが、その日見たものは真実です。私は彼によく会うのです。ニュース中継の群衆の中、夢の中…。
彼は実在するし、彼はいつも見ているのです。
まとめ
この顔にピンときたら、どうしよう
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最後までお読みくださいましてありがとうございました。